2012.05.15 (Tue)
復帰40周年
カテゴリー:ブログ
今日は、4時から政府と県の主催した復帰40周年記念式典の時間に雨と雷まで混じって沖縄の今後を象徴するかのように、気持ちが重い一日でした。しかし、明るい未来は描いて進めそうです。不自由で不便で、見通しがなかった時代を経験した私たちにとって、今の沖縄は自分たちでやれる範囲やそのやり方を、少しずつ切り拓いてきましたから。
40年を日本国内と置き換えれば、今は丁度1980年代の本土と考えれば、気楽にしかし着実に進んでいくことを考えて進むだけです。まだまだ解決できない地位協定の見直しや経済の格差などは、声を届ける努力を積み重ねる中でその声を直接アメリカへ行って訴える方法も、今や日常化しています。
基地依存が染み込んだこの地に、未来を託す世代がどのように受け継いだものを用いることができるか、はっきり言えばお金をどのように活かすかです。どのように稼ぐかもそうですが、収入源となってきた基地の見返りをどう考えて活かすのか、難しい課題です。
東アジアとの交易はますます盛んになり、那覇空港は今や国内3番目の輸出拠点となっているという。その地の利は決して廃れることなく、今後に繋げられる。そして沖縄の自然はこれからますます重視されると思われる。海もそうだが、この島の空気の醸し出す癒しをこれからも、どんどん高めていける。島々の点在する沖縄にこれからも色々な面で目を向けてほしい。
40年を日本国内と置き換えれば、今は丁度1980年代の本土と考えれば、気楽にしかし着実に進んでいくことを考えて進むだけです。まだまだ解決できない地位協定の見直しや経済の格差などは、声を届ける努力を積み重ねる中でその声を直接アメリカへ行って訴える方法も、今や日常化しています。
基地依存が染み込んだこの地に、未来を託す世代がどのように受け継いだものを用いることができるか、はっきり言えばお金をどのように活かすかです。どのように稼ぐかもそうですが、収入源となってきた基地の見返りをどう考えて活かすのか、難しい課題です。
東アジアとの交易はますます盛んになり、那覇空港は今や国内3番目の輸出拠点となっているという。その地の利は決して廃れることなく、今後に繋げられる。そして沖縄の自然はこれからますます重視されると思われる。海もそうだが、この島の空気の醸し出す癒しをこれからも、どんどん高めていける。島々の点在する沖縄にこれからも色々な面で目を向けてほしい。

























